EKAKINOKI

参加するアート

「アルクス(Arx)」と名づけられたこの作品、順を追って説明してみる。

原理はカンタン。会場となる場所に、キャンバスから引き抜かれた無数の糸が用意されている。参加者はその糸のたばから一本ぬきだし、備え付けのアクリルなどで好きなように着色する。そして、あらかじめ用意されているタグ札のようなものに自分の名前を記入して、着色した糸に結び付ける。

そうしてえがかれた無数の糸をまたキャンバスに戻し、作品にするのはアーティスト、ジュスティーノ・カポシュッティの仕事。たくさんのひとが一本一本の糸におもいのままの「絵」をえがき、そうしてえがかれたたくさんの「絵」があつまって、ひとつの大きな絵になる。

たとえば上の作品がその一例。ちょっと失礼して作品を途中で切ってしまったが、右側と左はじのヒゲのような部分は、もっと下まで垂れている。(作品の表情をすべて正確に伝えていないということ。)かりにこの作品の一辺が80センチメートルとする。縦糸、横糸あわせて、この作品にはものすごい数の「絵」が織り込まれていて、ものすごくたくさんのひとが参加していることになる。

「アルクス」という名前は、このパフォーマンスを後援したギャラリーにちなんでいる。この「アルクス」を、カポシュッティはすでに何年もまえに試みた。とても好評だったので、以後リクエストに答えてなんべんか、いろいろな場所で行っている。なにが好評だったのだろう?

「じぶんも " アート " に参加している」という実感..。糸にじぶんで「絵」をえがき、それが " アート " になる。どんな表情の作品となって出てくるのかも興味シンシンだ。そのなかにはじぶんの「絵」もあるし、ほかのひとの「絵」もある。なんだかおもしろい..。

いっぽうで、鑑賞者の立場からかんがえてみるとどうだろう。" たくさんのひとの「絵」があつまってこの作品ができている " 、ということを鑑賞者は知っている。あるいは、たかが一本の糸に着色しただけだが、学校時代以来の絵筆を手にとったことに、なにか新鮮なものをかんじたかもしれない。天気の良かったその日の、パフォーマンスが行われた広場をおもいだす..?そういうさまざまなイベントがこの作品のなかにあるから、鑑賞者も「いいな..。」とかんじるのではないだろうか。

ひとびとの脳裏に去来する、こういうすべてのイベントが組み合わさって、この作品は存在している。目に見える部分だけがこの作品ではない。神の手をかりて美しく糸を織り込んだアーティストの仕事は、ひとりの参加者が一本の糸にえがいた「絵」とおなじく、この作品を構成するひとつの部分でしかない。

カポシュッティというアーティストの頭のなかにあった「アルクス」というアートのコンセプトは、あらかたこういうことだろうとおもう。でも..、やはり参加してみなきゃ分かんないか...!

つけたし

この文章では「アルクス」を、パフォーマンスとしてかんがえてみました。ところがよく考えてみると、カポシュッティはルーチョ・フォンタナの「破かれたキャンバス」から出発して、その一歩先を行こうとしているアーティストなのです。

つまり、キャンバスを切り裂いて「これが究極の芸術だ。」と言うのはカッコいいけれど、それから先がない。「でもあるぜ・・」と、カポシュッティはキャンバスの布地に表情をあたえることでアーティストとしての創造の力をみせつけています。

「アルクス」はいろいろなひとが参加してできあがる作品ですが、発想じたいは基本的におなじです。つまりふだんのカポシュッティの制作活動の延長線上にあるということになります。

→ ジュスティーノ・カポシュッティ

(2001.07.26.)

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