EKAKINOKI

小人と王子と月

ウォルフの民間伝説より訳

むかし、若くてハンサムで将来を期待されていた王子がいました。父が治めるアルプスの王国には、ゆたかな牧草と生い茂った森、それに岩だらけの高い山もありました。王国の住民は牧畜と狩猟で生活をしていました。

ところが、だれもかれもがとてもしあわせに暮らしているなかで、ただひとりだけふしあわせな者がいました。それは、ほかならぬ王子でした。もう何年も、王子はある願いにさいなまされていました。きちがいじみた、実現不可能な願いです。「月へ行きたい・・・」

王国内ばかりか近隣の国の識者にも、どうしたらいいのか意見を聞きました。でも彼等は王子にからかわれているとおもい、誰ひとり適切な助言を与えることはできません。王子はひとときとして心休まることなく、日増しに淋しく、ふきげんになってゆきます。

王子の友だちは、王子の気を引き立たせようとし、いっしょうけんめい王子の関心を別のことに向けようとしますが、どれも功を奏しませんでした。王子はただひたすら月に恋焦がれています。

満月になると、王子は明け方まで畑を、森を、まるで気がふれたようにさまよい歩きました。眼は一点を凝視したまま。王様は世界じゅうから医者を呼びます。でも、だれもこの不思議な病気を治すことはできませんでした。ふしあわせな若者は日増しに憔悴していきます。

あるとき、王子は仲間たちと狩猟に興じていました。ところが仲間たちからはぐれ、森のなかで迷ってしまいました。歩けども歩けども家らしきものはみえてきません。もう日も暮れようとしていたころ、王子はシャクナゲの花が咲き乱れた丘にたどりつきました。

そこは、三方を岩の壁に囲まれていました。日があるうちに家に帰りつけないとおもった王子は、そこで夜を明かすことにします。歩き疲れた王子は、草のうえに身を横たえるとすぐねむりについてしまいました。そして、夢をみました・・・

草地には、見たこともない花が咲き乱れていました。王子は、美しい外国の少女と話をしていました。まわりは真っ白で、まるで雪におおわれているようです。王子は手ににぎりしめていたシャクナゲの束をその美しい少女に差し出します。

少女は微笑んでブーケを受けとると、王子が住んでいる国のことを尋ねました。そして、「わたしは月の王のむすめです。」と言いました。このひと言に・・王子はものすごくうれしくなって、目が醒めました。

もう真夜中を過ぎていたでしょうか。ひと気がない丘は、銀色の月の光に照らされています。王子は天を見上げると、いつものようにかなわぬ夢にとりつかれて、またまたふさぎこんでしまいました。

「夢のなかで会ったあの少女にもう一度会いたい・・・」王子はおもわずため息をもらしました。そして、なにげなく身をかがめてシャクナゲの花を摘んでいると、どこからとなく、ひとの話し声がきこえてきます。

王子は耳をそばだてましたが、あたりはシンと静まりかえっています。しばらくするとまた人声がきこえてきました。こんどはもっとはっきりと・・・雲のなかに先端を突き出した高い塔から聞こえてくるみたいなかんじできこえました。

「上のほうに住んでいる山の精だろうか・・」と、王子はおもいました。王子は剣の柄に手をかけると、岩壁をよじ登りはじめました。登れば登るほど声ははっきりときこえてきます。岩壁のてっぺんに登りつくと、そこには雲がかかっていてあとは手探りですすんでいくしかありませんでした。

とつぜんなにか堅いものにつきあたりました。すると扉が開いて、王子には、まばゆいばかりに輝いた小部屋の中に、ふたりの古老が腰掛けているのがみえました。ふたりとも、とつぜんの見知らぬ来訪者にびっくりしています。

王子は、自分が猟師で、森で道に迷ったのだと説明しました。するとふたりの古老は王子を親切に部屋のなかに招きいれ、席をすすめました。ふたりの古老がなに者なのか、、いつもこんなに高いところに住んでいるのか、、王子ははやる心で質問しました。

「わたしたちは月の住民です。この土地をずいぶんと旅して、もうすぐ家にかえります。」

王子の胸は打ち震え、感動と期待に顔はまっさおになりました。そして、月へ行きたいというかねてからの願いを告げます。ふたりの古老はひとしきり笑うとこう言いました。「カンタンなことです。」「もしおのぞみなら今すぐにでもわたしたちといっしょにいらっしゃい。」

王子はうれしくてうれしくて言葉を失ってしまいました。あっという間に・・・雲は岩壁から離れ、ものすごいスピードで月に向かいはじめました。道中、王子は父の王国の美しさを語りました。王子のあたらしい友だちもまた彼等の土地のことを物語ります。年長の古老が言いました・・・

「地球の住民はながく月にとどまることはできません。山、平地、森、町、湖、川、あそこではなにもかもが真っ白です。銀色に輝いているのです。生まれたときからその光りに慣れていないひとが長く月にいると盲目になります。・・・・・ぎゃくに、月の住民もまた地球に長くは住めません。まっ白に輝いた月が恋しくてしかたがなくなり、あまりの淋しさに死んでしまうのです。」

こうして3人のおとこたちがたのしく語り合ううちに、月の山のてっぺんに雲は降りたちました。ここからは歩いていかなくてはなりません。ふたりの古老は右の方角へ、そして町は左の方角です。

若者は古老たちに別れを告げると、町にむかって歩きはじめました。あたりいったいにまっしろい花が咲きみだれています。まるで雪が降ったみたいです。大地も、山壁も、すべてまっ白・・・

しばらくすると町が見えてきました。城壁も塔も家も建物もまっ白。さらに進んでいくと、ピカピカと光っているかわったデザインの門が道をふさいでいます。その向こうがわにはすてきな庭がひろがっていました。ひとりの庭師が近づいてきて王子にたずねました。

「どこでその美しい花をみつけたのですか?」王子の手にはシャクナゲがにぎりしめられていました。すっかり忘れていたのですが、あの夜摘み取ったシャクナゲをずっとたずさえていたのです。

「わたしは地球から来ました。この花はあそこに咲いています。」「そうですか・・・庭の奥のほうにみえるお城におゆきなさい。あそこに、月の王さまと王女さまが住んでいます。王女様はうつくしい花やめずらしい花がとてもお好きです。あなたがそのブーケを王女さまに差し上げれば、きっと御褒美をいただけますよ。」

王子はほほえんで答えました。「よろこんでもってまいりましょう。でも褒美はいりません。わたしも王の息子ですから。」庭師はふしぎそうな顔つきをすると、扉を開けて王子を中へ招きいれました。そして王さまが住む城にとぶように走っていきました。数分すると庭師は戻ってきて、王さまのもとに王子を案内します。

雪のように白い大理石のいくつもの部屋を通り抜けると、光がまばゆいばかりの部屋にたどりつきました。王さまと王女さまが慇懃に王子を迎え入れます。王さまはとても年をとっていて、ものすごくながい髭をたくわえていました。王女は、なんと、夢のなかで会ったあの少女でした!王子は驚きました。

王女はシャクナゲの花をうれしそうに受け取ると、「地球の花はみんなこのように美しいのですか?」「地球にはどんなひとたちが住んでいるのですか?」「父王の御領地はどのくらいひろいのですか?」王女はいろいろな質問をしました。

そのあと王子は、城にお泊りくださいという招待を受けました。こんなにステキな申し出を、王子が受け入れないはずはありません。しかし幸せな時間はあっというまにすぎていきます。

王子はほうぼうを散歩しました。それまでは絶望的なおもいで恋い焦がれていた月に、だんだんと慣れ親しんでいきました。幸運な王子はおもいました。「夢が現実のものとなる。人生はなんてすばらしいんだ。でもときどき目が痛むのはなぜだろう?この美しい光景をまだ満喫していないのに、痛くてときどき目を閉じずにはいられない。」

ある日の昼食のときでした。王さまが王子にききました。「わたしの国はお気に召されましたか?」王子はすこし躊躇して答えました。「王さま、、月の純白さ、輝き、わたくしがいままでに見たなによりも美しいです。ただ、その美しさが、わたくしの目にはすこし毒なようです。自分の国に帰らなければ盲目になってしまうのではないかと心配です。」

「それはちがうわ。時間とともに目が慣れてきます。大丈夫ですわ。」王女が言いました。するとこんどは古老の識者が反論しました。「地球の住民が長いあいだ月に逗留するのは、けっして勧められることではありません。」王女はそれ以上なにも言いませんでした。

いっぽう地球では、、王子が狩りの際中行方不明になると、仲間たちは何日間も王子を探しまわりました。山のうえ、森のなか・・・それでも王子は見つかりませんでした。城に帰って王さまに報告しなくてはなりません。王さまはひどく嘆きました。

息子を探し出すまでは王の前には姿をみせるなと命令しました。王子を見つけたものには褒美をあたえる、というお布れを国じゅうに出しました。でもだれも王子を見かけませんでした。だれもかれもが、王子は谷から落ちて死んでしまったのだとおもいました。

そんなあるとき、「王子が現われた。しかもすばらしく美しい月の王女さまを婚約者にして連れてこられた。」という噂がとびかいました。王家をこころから愛している勇敢な山の民たちはその知らせにとても歓び、月から来た王女さまを一目見ようと城に集まって来ました。月の王女は地球の人間とはまるでちがっていました。

からだからまっ白い光が放射していて、王女さまが野原を散歩すると、木立ちの影が消えます。王女さまは、雪のように白い月の花をたずさえてきました。山の民たちはこの花をとても気に入りました。この花はやがてアルプスに繁茂し、「アルプスの星」と呼ばれるようになりました。

いろとりどりの花が咲きみだれるアルプスの草原のよろこび、緑色の牧草、青い湖を、王女は飽くことなくたのしみました。まっ白でモノトーンな月よりも地球のほうがずっときれいだとさえ、王女は語りました。妻が王国を気に入ってくれて、王子はとてもしあわせでした。王国のすばらしいさを妻とともに見て歩くことは、王子にとっても大きな喜びでした。ふたりともとてもしあわせで、いつまでもそれがつづくようにおもわれました。

ある晩のことです。王子が狩りから帰ってくると、王女が窓ぎわにもたれかかって、夢見心地で月をながめています。王子は心配になって、音をたてずに階段をのぼると、そっと王女のそばに近寄りました。王女の肩に腕をまわすと、「なんのモノ思いだい?」と尋ねました。王女は当惑したように王子のほうを振り向くと、微笑みを浮かべたまま、しばらくはなにも答えませんでした。でもさいごに、こう言いました・・・

「ちょっとまえからホームシックなの・・・・アルプスは、月の世界にくらべると変化に富んでいて美しいです。でも天にむかってつきだした山は陰鬱で、まるで巨人がこぶしで威嚇しているかのよう。」いまではそれが王女には悪夢でさえあるかのようでした。

予期していなかった王女の告白に王子は驚きました。そして、月の世界に王子をいざなったふたりの古老の予言がおもいだされたのです。「月のまっ白い野原に慣れ親しんだ者は、地球には長くは住めない。あまりの淋しさにやがては死んでしまうでしょう。」もし最愛の妻が死んでしまったら・・・

王女の気をまぎらわせようと、王子はいろいろと画策しました。でもどれも功を奏しません。月への王女の郷愁は日に日につよくなっていきます。ついに王女は病気になってしまいました。

かつて王子が月に焦がれてそうしていたように、王女は何時間も窓辺にこしかけて、月をながめてはものおもいにふけっています。渓谷に影を投げかける、山の巨大な岩壁が嫌だと、王女はひんぱんに訴えました。日に日に状況はわるくなるいっぽうです。王女はどんどん痩せ細っていき、もはや命さえあやぶまれるほどになりました。

王子も絶望的になりました。誰もこの問題を解決することはできません。命が危ぶまれるほどに娘が憔悴しきっていると聞いて、月の王さまが地球にやってきました。

「王女は憔悴しきっています。もはや月に連れて帰るしかありません。」と、王子が説明しました。父親としてもわが娘をこのままにしておくことはできません。王子にできるのはただひとつ、彼等といっしょに月に帰ることです。かりにひとりで地球に残ったとしても、よいことはなにもないように王子にはおもわれました。

王国では、父王をはじめ家臣一同が王子に嘆願します。「王国のため、王国の民のため、いずれあとをお継ぎになる王位のため、月の国の王女を諦めて、われらが王国にとどまってください。」でも王子は聞き入れませんでした。妻と、月の王さまとともに、月に旅立ちます。

故郷の月に帰ると、王女はじきに元気になりました。一方で王子は、日に日に目が見えなくなっていきます。このままでいくといずれは盲目になってしまうとおもわれました。皆がすぐにも地球に帰ることを勧めます。最初、王子は聞く耳をもちませんでした。でもさいごはどうしようもなくなって、地球に帰る決心をしました。

地球に帰ってきたそのときから、王子はいっさいの喜びを失ってしまいました。月への憧憬は以前にもまして強いものとなっていきました。王子は山のうえで、野蛮人のような生活をはじめました。城には新月のときだけ帰りました。しまいには、人前に姿をみせることもなくなりました。谷におりることもなくなりました。昼夜、森のなかを歩きまわり、山の頂という頂をよじ登り、それでも心の平安を得ることはできませんでした。

王子がさいごに人間を見てからもう数週間経っていました。あるとき、ものすごい嵐が吹き荒れ、王子は山小屋に避難せざるをえなくなりました。山小屋の戸を開けると、そこにはなんと、掌の尺三寸ほどの小人がいました。ながい髭をたくわえ、頭には金色の王冠がのっています。

サルヴァーニという王国の王だというその小人は、とても淋しそうでした。王子がせがまれると、小人の王は、サルヴァーニ王国にふりかかった不幸な運命を語りはじめました。

サルヴァーニは、もう覚えていないほど遠い昔、東洋にあった、とてもとてもうつくしい国でした。王国の絶頂期、森のなかの木の葉のようにたくさんの住民が王国に住んでいたころ、攻撃的な部族がサルヴァーニ王国を侵略してきました。

火をしかけ、王国の住民を皆殺しにしました。王と生き残った者たちは、逃げるしかありませんでした。近隣の国々に助けを求めました。山でも森でも沼沢地でも、ほんのすこしの土地があって生きてゆくことさえできればそれでよかったのです。

でもどの国もこころよい返事をしてくれませんでした。遠い国のある王が、はげしい重労働とひきかえに領地に住まうことを承諾しました。まるで奴隷のようなあつかいに、多くの者が死んでゆき、残った者たちも山のなかへ森へと逃げていきました。

領地を失った王が失意の物語りを終えると、こんどは王子が自分の話をする番になりました。小人の王の話にくらべればこちらのほうがずっとましです。王子が話しはじめると、小人の王はひどく心をうごかされたようでした。喜びにつつまれて、顔の表情がぽっとあかるくなりました。王子が話し終えると、小人は立ち上がって手を叩きながら叫びました。「救われた〜!救われた〜!」

不遇な王の気がふれたかと王子はおもいました。ところが小人の王にはある考えがあったのです。そしてすぐ、その考えを王子に説明しはじめました。

「月のまばゆい光に慣れた王女さまは、地球の山の陰鬱な風景に堪えがたくて月に帰られたのでしょう?もし、ここの山も岩も、月の世界のように明るく輝いていたらどうでしょう?故郷を想って嘆き悲しむ必要がありましょうか?ここにだって十分住めることになりませんか?わたしたちサルヴァーニは、そういうことにかけては天才なのです。おのぞみなだけ山を明るく照らしだすことができます。もし父王が、わたしたちがここに永久に住まわせてくれればです!どうです?それでみんな、しあわせになれますよ!」

「もしそれがほんとうなら、、いうことないよ。」王子は半分信じられない様子で返答しました。「ここに住んでもよいという父王の許可を得ることは、わたしにとってはむずかしいことではありません。でもいったいどうやって山の色を変えられるんですか?」小人はずるがしこそうにニヤッとしました。

「わたしたちに任せてください。これよりもっとむずかしいことをなんどもやってきたんです!」小人はそれ以上説明しようとはしませんでした。でも小人の賢こそうな眼は自信ありげに輝いていました。それで王子もそれ以上は聞かず、すぐにも父王のところに行くことにしました。嵐はおさまっていました。ふたりは連れ立って旅立ちました。

まる二日間、ひとけのないところを歩き続け、ようやく二日目の夜、ふたりは城にたどりつきました。息子の帰還に王さまの喜んだこと。でも、ふたりがもってきた申し出にはすこしとまどいました。自分の領地に見知らぬ国の民族を住ませることに、すくなからぬ不安をおぼえたからです。

しかし、けっして谷には下りないこと、畑や牧場を所有しないこと、永久に山と森のなかだけに住むことを小人が約束すると、王とその家臣はさいごに申し出を承諾しました。条約が明記され、両者とも条文に忠実であることが誓われました。小人の王は嬉々として、すぐさま、ほうぼうに分散していたサルヴァーニ王国の民を探しに出かけました。

数日するうちに、何千何万という小人が王国の国境を越え、山の方角をめざします。小人たちは、渓谷や、滝のそばの岩のわれめなどに住居を定めました。そして小人の王様は、今晩にも約束した仕事にとりかかることを王子に告げました。

王子はこのあいだじゅう、懐疑と期待の両方の念にかられていました。小人たちがじっさいに越境してくると、小人たちにそんなことができるわけがないという不信感がつのってきました。しかし王子は山の頂に登り、辛抱強く夜になるのを待ちました。

月がのぼりはじめます。7人の小人が山の頂上に集まってまあるく輪になりました。そしてひとりひとりが、不思議な動きをはじめました。まるで目に見えないなにかをつかもうとしているようです。小人たちのちいさな手がやすみなく小刻みに動き、宙で重なり合います。それはまるではげしい川の流れのようです。王子が小人たちに尋ねます。

「いったいなにをしているの?」「月の光を集めているのです。」

しばらくすると、ちいさなにぎりこぶしほどの光が小人たちの輪のなかに現われました。小人たちはさらに仕事を続けます。一時間、また一時間・・・にぎりこぶしほどの光が次第に大きくなっていきます。王子が周囲を見まわすと、王国じゅうの山の頂に、明るい部分ができていました。

小人たちは、すべての山の頂に月の光を集めることに成功したのです。王子は、奇跡のようなスペクタクルにみとれていました。陰うつな山の頂に星が降ってきたようでした。渓谷には影ができています。月は、もっと高いところの頂を照らしているだけです。

月の光が完全に消え失せると、小人たちは次の段階にとりかかりました。光のかたまりを広げるとそれを長くのばします。光が山の頂から山の斜面にまでひろがっていきました。さらにその光を網のようにして山全体を包みました。さいごの暗い点がなくなるまでそれをつづけていきました。山が輝くばかりまっ白になりました。

翌日、渓谷の住民は目を疑いました。昨日まではおもおもしく天につきだしていた山々が、今日は蒼白く輝いて、黒々とした近隣の森や岩と奇妙な対象をなしているのです。たったの一晩で、小人たちは、月の輝きを山に取り込んでしまいました。

おさえきれない悦びをもって城に帰ってきた王子を、一報の悲しい知らせが待ち受けていました。月の王からの知らせでした。「娘が重病にかかり、生命があやうくなっています。その娘がどうしても王子に逢いたいと申しています。」

王子は使いの者といっしょにすぐさま月に発ちます。月につくとすぐ城にかけつけました。控えの間で、王女の命がもういくぶんたりとないことを聞かされます。王子は部屋になだれこみ、王女をしっかりと抱きしめました。

「死なないで!わたしたちの問題は解決したんだ。もう別れて暮らす必要はないんだよ。ずっと一緒にいられる。わたしといっしょに地球に来て。あなたのために、まっしろで、光輝いている世界を創ったんだよ。見たらきっとびっくりする。あそこはすっごくすばらしくなったんだ。もう郷愁にかられることなんてないよ。月を想って泣くことなんてもうないんだよ。あなたのために王国を月の光で満たしたんだ。雲のなかにそびえる黒々した岩壁が、いまじゃ銀色の炎だよ。すべてあなたのためにしたんだ。・・・それなのにいま死んじゃうのかい?そんなのヤだ!病気をなおして生きるんだ。そしてしあわせに暮らそう!」

王子の言葉に込められた情熱と信念に、瀕死の王女は元気づけられ、生きる希望をとり戻したみたいです。頬には紅みがさし、唇がかすかに開いて笑みがこぼれました。からだに力が沸いてきて、諦めにとってかわりました。医者たちは「病が峠を越した」と宣告しました。愛の力が奇跡を引き起こしたのです。

それからほどなく、王子は、回復した王女を地球へ連れて帰りました。アルプスの王国を見た王女のよろこびはたいへんなものでした。まっしろい山、渓谷の緑、咲きみだれる花・・・月のまばゆさと地球の色鮮やかさと、そこには両方があったのです。

もうそれからは王女がホームシックにかかることはありませんでした。なにしろ、生まれ故郷よりもっと美しかったのですから。王子と王女は末永くしあわせに暮らしました。大切な仕事を成し遂げた小人たちは、王国にとどまることができたばかりか、とても尊敬されました。

さて、この蒼い山はいまもあって、ドロミティと呼ばれています。王国はもうずいぶん昔になくなりましたが、小人たちはいまも、潅木の茂みや洞くつ、森のなかに住んでいます。月の王女の記憶は、まっ白い山の頂を優しく照らす月のあかりとともに残っています。

カルロ・フェリーチェ・ウォルフ

ウォルフ(1879-1966)は、クロアチア生、ドロミティ地方ボルツァーノ没。独学で文化人類学者となり、民間伝承を情熱的に蒐集した。「小人と王子と月」は、ウォルフが蒐集したドロミティ地方伝説のひとつ。

かんれんファイル

■ ドロミティ地方かんたんマップ
■ ドロミティ地方

(2000)(2004.11.20. 4ファイルをひとつにまとめる)

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