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ラディン語

ドロミティ一帯には「ラディン人」がいて、「アルプスの先住民族」とされています。紀元前5世紀ごろから「レーティ民族(Reti)」として記録に残っています。もちろん彼等もローマ帝国やゲルマン族の侵略を受けています。同化もしているでしょう。

山岳地帯はひろくて険しくて中途半端ではない。山肌を面としてとらえたら無限に広がる領土です。「レーティ族」を常時手中におさめるというのは無理だったでしょう。この「レーティ族」、14〜16世紀にかけては勢力を盛りかえしています。そのときは、プロテスタントとしてカトリックの勢力に対抗しているのがおもしろい。

「レーティ語」はローマ帝国の支配のもとローマ化され、これ以後を「ラディン語」と称します。「ラディン語」のルーツについては、いろいろに言われています。「もともとはケルト語に属し、そののちラテン語の影響を受けた。」「原始ラテン語」などなど・・。「ドイツ語」と「イタリア語」の混血というのは科学的に否定されています。

ラディン語は、イタリア圏スイスから、トレント、ボルツァーノをふくむアルト・アッディジェ地方、ベッルーノのあるフリウリ地方、アドリア海北端、はては旧ユーゴスラヴィアのイストリア半島にまでおよんでいたとされます。そののち政治的に分断され、現在「レーティ」の流れをくむ言語は三分され、「イタリア圏スイスのロマンス語」「ドロミティのラディン語」「ヴェネツィア・フリウリ地方のフリウリ語」とされます。

おもしろいサイトをみつけました!ラディン語の発音がきけます!

http://ald.sbg.ac.at/ald/ald-i/index.php?lang=it&id=m001

今日ラディン人はトレント、ボルツァーノ、ベッルーノを中心に散在。その数は3万人ぐらいといわれます。少数民族です。イタリアの大統領にはなれたとしても、自治レベルで首長にはなれないと言われます。

1860年代、鉄道がしかれ、ラディン人の住む地域も観光地としての発展をみせました。最近になってようやく、「少数民族文化・言語の保護」政策が現実のものとなり、ラディン系の小中学校ではドイツ語、イタリア語、ラディン語を併用する教育がおおやけに認められるようになりました。

ラディン語例

(イタリア語→ラディン語)

「pastori」→「pastors」
「colori」→「colors」
「le reti」→「las reits」
「noi」→「nos」
「vieni」→「vens」

複数形がイタリア語のように「i」または「e」とならずに「s」となるのはラテン語にも存在する。

「nos」→「nos」
「vens」→「venis」

● 同調音

「pianta」→「plante」
「pieno」→「plen」
「piacere」→「plase」
「chiaro」→「clar」
「chiave」→「claf」
「chiamare」→「clamar」

語尾が「s」になることといい、上例のような同調音のグループといい、フランス語をおもい起こさせる。上記の例でいうとフランス語では:

「plante」「plein」「plaisir」「clair」「clef」

● さらにラディン語には「k」がある。

「caro」→「kiar」
「cane」→「kian」
「cappello」→「kiapiel」

つけたし

※ 「ドロミティ叙情詩選」(Walter Belardi "Antolopologia della lirica dolomitica")  「1900年代フリウリ地方の詩」(La poesia friulana del Novecento)

※ Biblioteca di Ricerche Linguistiche e Filologiche: ウォルター・ベラルディが創設した図書館。(ローマ)

※  Il Museo Ladino di Vigo di Fassa
http://www.dolomitinetwork.com/cultura/museo.htm

かんれんファイル

■ アルプスの先住民族
■ チロル地方保養地メラーノ
■ ドロミティ地方のおとぎ話
■ ドロミティ付近かんたんマップ

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