EKAKINOKI

中世のモンスター・パーク

Il Sacro Bosco di Bomarzo, Viterbo
Pier Francesco Orsini, 1523 - 1583


正式には「ボマルツォの聖なる森」。通称「モンスターパーク」。

入り口のスフィンクスに、創設者オルシニ公の言葉が刻まれている。

「どこからどこまでがアートで、どこからどこまでがマヤカシなのか、それはだれにもわからない。」


Google 画像検索より

いっぺん行ってみたいよね。

ローマから92KM、最寄りの町ヴィテルボ(Viterbo)から18KM、鉄道の駅でいうとオルテ(Orte)。

辺鄙なとこだから、車で行くのがいちばんいい。あるいは、ローマのホテルからツアーか。


なんでこんなものができたかというと・・・

若くして死んだ最愛の妻を弔うためだとか、タッソーの冒険物語りランドをめざしたとか、パーティーでひとびとを驚かすためだったとか。

はやいはなしが、中世の殿様のおあそび。

その殿様ってのが、古代ローマ帝国貴族の末裔オルシニ公。

かのロレンツォ・ディ・メディチもはくづけにオルシニ家から嫁さんをもらっている。


1550年代だから、ルネサンスのあとの、規則疲れのマニエリスムか。

マントヴァのテ宮殿にジュリオ・ロマーノ(ラファエッロの弟子)が描いた「巨人の間」はタイプが似てる。


オルシニ公は「聖なる森」と名付けたが、人々はそのまま「モンスター・パーク」と呼んだ。

中世のディズニーランドだね。

オルシニ公が死ぬと、ひとびとから忘れられ、ときどき画家たちがスケッチしたり。

サルヴァドール・ダリも注目したらしい。

(2002.03.13.)(2016.04.06 見回り)

※ ボマルツォの「聖なる森」を作ったピエール・フランチェスコ・オルシーニ(通称ヴィチーノ)の妻はジュリア・ファルネーゼ。チェーザレ・ボルジアの父親、教皇アレッサンドロ6世の愛人だったのもジュリア・ファルネーゼ(通称ラ・ベッラ:1474-1524)。しかしこのふたりは別人。ラ・ベッラの法律上の夫がオルシーノ・オルシーニだったからなおさらややこしい。

かんれんファイル

マントヴァのテ宮殿『巨人の間』(ジュリオ・ロマーノ)
マニエリスムってなんや・・?

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