EKAKINOKI

アルプスの先住民族

歴史的に、イタリアは異民族による侵略を際限なく受けています。そしてかつての先住民族たちは、日本の「落人(おちうど)伝説」のように、攻めても攻めきれないようなところに逃げ込み、そのひとびとの文化や言語が現在に至るまで連綿と続いていたりします。またそういう事実が、科学的に検証されたりもしています。

北イタリアのヴェローナから列車でウィーン方面に向かうと、右に左に渓谷が覆いかぶさる少々退屈な景色がえんえんと続きますが、イタリア・アルプスのなかでもオーストリアと国境を接っしているあたり、ドロミティ山脈があるトレンティーノ&アルト・アッディジェ地方もまったくそんなかんじです。

Photo courtesy of:
http://www.stanchina.net/~flavio/mountains.html

トレントとかボルツァーノとかいう町があります。ヴェローナ〜ボルツアーノが電車でほぼ2時間。渓谷と言っても中途半端じゃありません。一日にほんの数時間しか陽が射さなかったりするところもあったり・・・登山とかスキーはさかんだけど。

ドロミティ一帯には「ラディン人」がいて、かれらは「アルプスの先住民族」とされています。紀元前5世紀ごろから「レーティ民族(Reti)」として記録に残っていて、ローマ帝国やゲルマン族の侵略をさかんに受けました。(「異民族に侵略されると・・民族の遺伝子が6パーセントぐらい変わる」という研究があります。)

山岳地帯は険しいと言っても、かりに山肌を「面」としてとらえたら、無限に広がる領土です。そしてそういう土地を知り尽くしていた「レーティ族」を常時支配するというのは、たぶんむずかしかったでしょう。この「レーティ族」、14〜16世紀にかけて、ものすごく勢力を盛りかえしています。そのとき、プロテスタントとしてカトリックの勢力に対抗していたりして、オモシロイ。

この「レーティ語」は、ローマ帝国の支配のもとローマ化されました。ローマ化された以後の「レーティ語」を「ラディン語」と称します。そして「ラディン語」は現在まで残っています。

「ラディン語」のルーツについてはいろいろに言われています。「もともとはケルト語に属しそののちラテン語の影響を受けた」とか「原始ラテン語」とか・・・。 しかし、「ドイツ語とイタリア語の混血」という説は、いまでは科学的に否定されています。

伝統的衣装のラディン人
http://www.dolomitigallery.com/tradizioni/

ラディン語は、イタリア圏スイスから、トレント、ボルツァーノをふくむアルト・アッディジェ地方、ベッルーノのあるフリウリ地方、アドリア海北端、はては旧ユーゴスラヴィアのイストリア半島におよんでいましたが、そののち政治的に分断され、「イタリア圏スイスのロマンス語」「ドロミティのラディン語」「ヴェネツィア・フリウリ地方のフリウリ語」の3つが、現在、「ラディン語」つまり「レーティ語」の流れをくんでいるとされます。

今日、ラディン人はトレント、ボルツァーノ、ベッルーノを中心に散在し、その数は3万人ぐらいの少数民族です。「かれらは、かりにイタリアの大統領にはなれたとしても、自治レベルで首長にはなれない。(=少数派のため)」なんて言われます!

この地域に鉄道がしかれたのが1860年代で、それ以降、ラディン人の住む地域も観光地としての発展をみせました。「少数民族文化・言語の保護」政策が最近ようやくイタリアでも現実のものとなり、ドイツ語、イタリア語、ラディン語を併用する教育が、ラディン系小中学校で認められるようになりました。

(2004.05.02. 見回り)(2005.06.12. リンク追加)

かんれんファイル

■ ラディン語
■ チロル地方保養地メラーノ
■ ドロミティ地方のおとぎ話
■ ドロミティ付近かんたんマップ

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