EKAKINOKI

イタリア国王は何人いた?

1861〜1946

ほら、、フィレンツェ大公とかマントヴァ大公とかさ、サルデーニャの王さんとかサヴォイアの王さんとか、、あるいはなんならローマ時代の皇帝とか、、、そういうのはピンときても、、イタリアぜんたいの王さんとなると、、へっ、、そんなのいたっけ、、?!みたいなカンジしな〜い?

たしかにイタリア王を名のったひとたちがいたにはいた。でもやっぱなんたって、1861年のイタリア半島統一でしょ。それでね、イタリアが統一されてから第二次大戦後に共和制になるまでの85年間、何人王さんがいて、どんななまえだったか、知ってる〜?

そもそもイタリアが統一されたときもサ、そこにいたるまでの基礎(議会制とか)を築いたカヴール(Camillo Benso di Cavour 1810-61)とか、さいごのプッシュをして統一をものにしたガリバルディ(Giuseppe Garibardi 1807-82)とかのほうが有名じゃん。。

じっさい、、ピアッツァ・カヴール(カヴール広場)とかヴィア・ガリバルディ(ガリバルディ通り)とかはイタリアのあっちこっちにあって、しかも目立つところにあるけど、、イタリア国王だったエマヌエレの名前がついた通りは、なんだかジミ〜。

ともあれ、、ガリバルディは制覇したところをかったぱしから将来の国王に奉納する。統一イタリアの国王となるのは、サヴォイア家のヴィットーリオ・エマヌエレ2世。

サヴォイアってのは・・・北イタリア・ピエモンテ地方からフランスのシャンベリーにかけての「アルプスを股にかけた山国公国」で、トリノに首都があった。(※1)

で、、第二次大戦後、国民投票によって王政が廃止され、イタリアが共和制になるまで、エマヌエレ本人と、そのコドモとマゴとヒマゴ・・・計4人の王さんがいたのでした〜。

ヴィットーリオ・エマヌエレ2世
Vittorio Emanuele II 1820-78
ウンベルト1世
Umberto I 1844-1900
ヴィットーリオ・エマヌエレ2世
Vittorio Emanuele III 1869-1947
ウンベルト2世
Umberto II 1904-1983

4人目のウンベルト2世は、王政から共和制に変わるとき(1946年)、過渡的に王位に就いた王さんで、在位も一ヶ月に満たない。だから4人といっても、おもには、3人ですね。

このサイト↓で、4人のおみ顔が拝見できるよ。
http://www.andreacavazza.com/cenni%20storici.html
(Collezionare Monete)

それにしても、イタリア半島がひとつの国になってからたかだか150年。イタリア全体にひとりの王さんがいたのは、そのうち、たったの85年間。フランス王〜とかイギリス王〜とかとは、、ブランドとしてくらべもんになんない。

ちなみに、大戦後の国民投票によってイタリアから追い出された王族は、いまだに帰国を許されていないっていうから、王族もキビシ〜〜〜

(2004.11.13.)

(※1) そのころのサヴォイア公国はサルデーニャを加えてサルデーニャ王国となっていたのでエマヌエレ2世は「王」。ただサルデーニャはオマケ的存在でサヴォイアが本業。イタリア統一のドタバタでサヴォイアはフランス側所領を失っている。

※ ファイル中の画像: トリノのパラッツォ・レアーレ(王宮)の前で、アートのデモンストレーションかなにかやってるとこ。

※ 藤沢道郎著「物語 イタリアの歴史/第八話 国王ヴィットリオ・アメデーオの物語(中公新書ワイド版)」に、サヴォイア王国の歴史がわかりやすく書かれています。

かんれんファイル

■ トリノってどんなとこ?
■ サヴォイアからみたジェノヴァとサルデーニャ

かんれんサイト

サヴォイアの歴史(イタ語)
http://www.torinosette.it/arte_cultura/servizi/cennistorici.htm
(TorinoSette)

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