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黒死病の恐怖

まず、黒死病がどんなものかというと・・・

1374年、ペストがフィレンツェをおそったときの様子が『ペスト(マルセル・シュウォッブ著/多田智満子訳/王国社)』にあります。

病は急性激烈であり、街頭で人々を襲った。眼は燃え血走り、声は枯れ、腹はふくれあがる。つぎに口と舌がひりひりする小さい水泡で覆われる。はげしい渇きにとりつかれる。何時間ものあいだ病人の体は乾いた咳にゆすぶられる。やがて関節という関節が硬直し、皮膚には横ねとも呼ばれる赤く腫れあがった斑点が散らばる。そして最後に、顔は白っぽくむくみ、斑点からは血がにじみ、口をラッパのように開けて死ぬのである。・・・・・・・・・赤茶けた死骸が、雨季には雨が奔流となって流れる道路の真中あちこちに放置され、悪臭耐えがたく、身の毛もよだつ恐ろしさであった

ペストにわるのりするやつら↓

とうもろこし粉のつまった袋を手早く切り裂いた。その粉を顔になすりつけ、黄色とも白ともつかぬ色合になったところで、腕に短刀で傷をつけ、そこから血をとって、粉の上から不揃いな斑(まだら)の形に塗りつけた。

ネコの立場からすると黒死病は・・・

ヨーロッパでは愚かしい信仰心から、猫を悪魔の使いとして、拷問にかけたり火あぶりにしたりした。しかしそうやって大量に猫を虐殺した報いは、ネズミが媒介する黒死病(ペスト)としてやってきた。黒死病の流行で、ヨーロッパの人口はじつに3分の1が失われたのである。(『ヘンリエッタの華麗な生涯(クリストファー・レン著/講談社/2001年)』)

『ロビンソン・クルーソー』で有名なダニエル・デフォーが書いた『ロンドン・ペストの恐怖(栗本慎一郎訳/小学館)』という本を読んだことがあります。それで、疫病とはこんなものなのか、となんとなく分かったようなキブンになっていたのですが・・・

Daniel Defoe 1660-1731

SARS (新型肺炎)騒ぎがおこってはじめて、治療法がない疫病の怖さにおそれおののきました。(笑)

まず移動の自由が失われます。ヤバイところには行かないほうがいい。

かといって、みながみな感染するわけでもない、というところがこの世のミソですね。デフォーなんかは、屍体がゴロゴロしている町をフラフラ歩いていたけれど、なんともなかった。

1346-50年、黒死病(ペスト)がヨーロッパを席巻し、当時のヨーロッパの人口1億人の25%が死んだとされます。

そのとき、フィレンツェの田舎に難を逃れたひとたちのあいだで交わされたおはなしが、ボッカッチョの『デカメロン』です。

Giovanni Boccaccio 1313-75 "Decamerone 1348-53"

アルベール・カミュの『ペスト』は、どちらかと言うと、ペストを小説のネタにしただけみたいな気がしますが、その『ペスト』の一節から。

Albert Camus 1913-60

「・・・だが、いったい何かね、ペストなんて?つまりそれが人生ってもんで、それだけのことでさ。」(ペスト(新潮社/宮崎嶺雄訳/原著 1947年))

生き延びたひとたちはひとたちで、死んだ家族や友人たちにたいする自責の念にさいなまれ、そこらじゅうで「鞭打ち行進」がみられたそうです。

一万にも及ぶ大群衆が、釘を打ち付けた棒に皮の鞭を結び付け、それで激しく自身や仲間の肉体を打ちながら、巡礼のように町から町へと行進を続けるのである。・・・・・先頭には十字架と松明を捧げた修道士が立ち、人々は皆顔をヴェールで隠し、上半身を露出し、腰から下は足首まで届く長いスカートに包み、「メア・クルパ、メア・クルパ、メア・マキシマ・クルパ(これ我が過ちなり、我がいと大いなる過ちなり)」と唱えつつ、肩や胸や背を血が出るまで鞭打った。(藤沢道郎著『物語 イタリアの歴史/作家ボッカチオの物語(中公新書)』)

(2002.05.16)(2002.07.07. 画像追加)(2003.05.01. 加筆)(2003.09.12. 加筆)(2005.04.17. 見回り)

※ A.D. 6世紀のコンスタンティノープル(イスタンブール)のペストは、一日一万人(?)の犠牲者をだし、史上最大規模のペストと言われています。

※ 1894年、北里柴三郎とイェルサンによってペスト菌が発見される。ラトゥス・ラトゥス(クマネズミ)は、十字軍とともに東方からヨーロッパに入り込んだとかんがえられている。

※ デフォーの『ロンドン・ペスト』は、パペット・アニメ(人形アニメ)にもなっているようです。→『鬘(かつら)職人の日記(The Periwig-Maker)監督:ステファン・シェーフラー/1999年/15分』 なかなかショッキングな作品みたい。

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