EKAKINOKI

ルイジ・テンコとサンレモ

Luigi Tenco(1938-67)

最初に聴いたルイジ・テンコの歌は「ミ・ソノ・イナモラート・ディ・テ (Mi sono inamorato di te)」だった。

「ヴェドゥライ (Vedrai vedrai)」を歌うテンコ

こんなすごい歌手がいたのを知らなかったなんて信じられない、とおもった。

イタリアでルイジ・テンコを知らないひとはいない。アメリカでジェームズ・ディーンを知らないひとがいないのとおなじだ。

でも、日本人は、ジェームズ・ディーンは知っていても、テンコは知らない。

日本ばかりではなく、テンコはそれほどインターナショナルではない。(いまどうかは知らない。)なぜ?

テンコは60年代のシンガー・ソングライターで、サンレモでも歌った。


ユーモラスな歌詞を軽やかなリズムにのせたものと、切ない歌詞を甘い声でうたうもの、のふたつのタイプがある。

「ミ・ソノ・イナモラート・ディ・テ」「ヴェドゥライ (Vedrai vedrai)」などは、切ない型で、その切なさに、目も腹もすわる。

あの年代 (60年代) 特有のセンチがないとは言わないけれど、中途半端じゃありません。


軽いテンポのユーモラスな歌をすこし自分勝手に訳してみます。

ラガッツォ・ミーオ(Ragazzo Mio)=ムスコよ

ラガッツォ・ミーオ・・いつかきっとだれかがおまえに言うだろう/おまえの父さんにはいろんな夢があった・・とね/でもけっきょくなにもできなかった/だけど信じちゃあいけない・・/あいつらはおまえを骨抜きにするだけだ/帆のない船のように/信じちゃあいけない・・/海が荒れたときに、夢のないヤツからまずおぼれ死ぬのさ

ラガッツォ・ミーオ・・いつかおまえのともだちがこう言うだろう/恋人を見つけて遠い世界に飛んでくさ/信じちゃあいけない・・/ありもしない遠い島を夢みるな/信じちゃあいけない・・/ほんとうに愛しているなら、求めすぎるな

ラガッツォ・ミーオ・・いつかおまえはこんなふうにひとびとが言うのを耳にするだろう/なにもしないやつらがいちばんいいおもいをしている/信じちゃあいけない・・/おまえまでそうなれると、ろくでなしとおなじ夢をみるな/信じちゃあいけない・・/嫉妬しちゃあいけない/なにもしてないように見えたって・・明日はちがうとがんばってるんだ

女性雑誌 (Giornali Femminili)

女性雑誌をみていると・・/女はふくざつなモンダイには関心ないのかな/教育の改革とか人種差別、新しい法律の立案とか平和とか・・/でもだいじょうぶ男が関心をもっているから(笑い)/みなさんごめんなさい・・わらっちゃう・・/いやほんとだよ・・男は杞憂してるんだ

女性雑誌をみていると・・/女は心のモンダイにしか関心ないのかな/恋におちる夢ばかり/あわよくば有名俳優のだれかさんに似たひとと・・/でもだいじょうぶ男はもっと前向きだから(笑い)/へへ、へへ、へへ・・なぜかわらっちゃう/いやほんとだよ・・男は前向きなんだって

女性雑誌をみていると・・/女はふくざつなモンダイには関心ないのかな/彼女たちがまず欲しがるのは『いい生活』/できればほんのすこしばかり・・ひとにうらやまれるぐらいリッチな・・/でもだいじょうぶ・・男はそんなにエゴイストじゃないから・・(大笑い)/みなさんごめんなさい・・でも笑わずにはいられない/(笑いながら)たぶんボクには・・この歌はうたえない・・

60年代イタリアがそのままでているとおもいませんか?

芸術のためのバラード (BALLATA DELL'ARTE)

アートは社会とは別もんだって言うヤツらがいる/そいつらにとって真のアーティストは/社会のモンダイなんかにはタッチしないのさ/孤独でなくちゃいけない/いつも内なるモンダイをだかえて/己(おのれ)と向き合う

凡人にはアートは分からないって言うヤツらがいる/そいつらにとって真のアーティストは/ふつうのひとが分かるような表現をするワケがない/ワケが分からない表現であればあるほどいいのよ/これがヤツらの己(おのれ)

アートは社会とそれなりの関係をもってるって言うヤツらがいる/あぁ、われらがアーティスト/これって典型的ないまのひと風やんけ/それで・・そういうアーティストもやっぱ悩んでるのよ/言っちゃわるいけど支離滅裂/会うたびに説がちがう/昨日はスーパーマン、今日はただのひと/ただひとつだけおなじなのが・・内なるモンダイ

訳詞のなか「己(おのれ)」とあるのは、「ペルソナリタ (personalita)」のテキトー訳です。

ルイジ・テンコは、ジェノヴァの歌手のイメージがあるけれど、生まれはピエモンテ地方アレッサンドリア。

1967年1月、サンレモ音楽祭の最中、一緒にいた恋人のダリダとホテルの部屋ではしゃぎすぎて、あっけなく逝ってしまった。

(2002.08.13)(2004.11.19. 見回り)

* アレッサンドリアはジェノヴァから山を越えたとこに広がるぶどう畑に囲まれた町で、カルロ・カッラー(Carlo Carra 1881-1966)、モルベッリ(Angelo Morbelli 1853-1919)などの著明なアーティストも輩出してるとこ。

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