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イタリア人のファンタジー&日本人の律儀さ

Antonio Pereno

「テクニックにはひじょうにすぐれているけれど、技法にばかりこだわっていて、ファンタジーに欠ける。」ペレーノは、日本から来るアーティストの卵たちに接したことがあって、そのアカデミズム志向に驚いていた。

これって、べつにアートにかかわらず、よく出食わす感想。それが日本人の長所でもありまた欠点でもあるから、どうしてかを説明しようとおもったら「日本とはなんぞや」にまで遡らなくてはならないタ〜イヘンなモンダイ。

「イタリアに関するかぎり、基礎技術の習得は高校のレベルでおわっている。・・・あとは御自由にどうぞ。大学ではおもいきり創造性の幅をひろげてください。」というのがペレーノの認識。

技術の習得がほんとうに高校のレベルで完了しているかどうかは、個人差があるとおもう。しかし、そういう基本姿勢が大学側にあれば、教わるほうはたしかにノビノビと制作はできる。

日本で音大を出たヒトがイタリアに留学した。「しかられる」ということが脳に染みついていた彼女は、最初のうち、すごく神経質に演奏していた。ところがここではおこられない。好きなものどうしが技量を高め合っていく。そのことに気付いてからノビノビと演奏できるようになった。

「オリンピックでメダルをとって泣く日本人」・・・これもたぶんおなじようなとこに根をもっているとおもうんだけど・・・は、イタリア人には理解できない。。好きでやってるのに、なんで泣くの?

まなぶほうも、教えるほうも、タノシイからやる。もちろん、勝つためにはそれ以上のことをしなければならない瞬間もあるかもしれない。でも根幹のところにあるのはいつもコレだ。たのしきゃ、勝つためにはどうしたらいいのかというファンタジーも湧いてくる。

そしてそういうイタリアのほうが、豊かな国日本より、オリンピックで獲得するメダルの数が多い!(イタリアのほうがはるかに人口は少ない。)

『たのしくやる』というのは、ある日トツゼンそうしようとおもってもなかなかできるものではない。日本人の律儀さや完璧主義も、やはりそんなにカンタンにはマネができないのとおんなじなのかもしれない。「おたがいにいい面を学びとればいい」・・・タシカに!でもこのふたつはなかなかうまく共存してくんないのよ。かんがえてやってできるようなことじゃないしね〜

(2003.05.30. 点検)

「作業場に通じる扉(Portone Studio)」 30 x 24 cm(50 x 35 cm) / 「回廊(Cortile)」 39 x 20 cm(53.5 x 39 cm)

ペレーノのファイル

■ さもありなん版画家の作業現場
□ イタリア人のファンタジー&日本人の律儀さ

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