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さもありなん版画家の作業現場

Antonio Pereno

「Il nostro amico Angolino - Paolo Conte」より訳

ペレーノが金属板を手にして仕事場から出てくる。うわぁお、全身から酸の湯気。洗い落とすのが面倒なんだろう。大声でなにやらブツブツ言って、テーブルのうえに金属板を投げ出す。

ペレーノと金属板は互いに見つめ合って、わけがわからないことを言い合っている。・・・酸性液、ロウ、研磨機、ツメ、鋲、汗、唾、油、ブツブツと洩らされる言葉、セピア色の紙、呪詛、削り刀・・・版画家というより『銛(モリ)使い』じゃない!

しばらくして同じ人間が、酸にまみれた作品らしき紙をもって来て見せるとは、こういう光景からはちょっと想像できない。それはまるで、黒ビロードに散りばめられた白や黒や灰色の真珠のようだ。しかもそこには、想像力をもってしてかろうじてみとめられるような形が配されている。

ペレーノがやっていることにはびっくりさせられる。まず純粋の酸がバケツに入っている。それを、花に水でもくれてやるかのように図柄のうえにまいて、全体にキレツをいれる。熱くなった金属板の上でロウを延ばす。

ロールや絹のタンポンでやるんじゃない。指でやる。黒インクにまみれて皮がむけた指だから、意図しなかった優しさを込められたりするのかもしれない。全体のバランスをみながら、ヒラメキや繊細な表情などを、さまざまなテクニックを用いて表現できるのかもしれない。

こういうどう猛なやり方はロマンチックでもあるし、またペレーノは実践派で有名なフィリッポ・スクロッポについていたのだから、驚くにはあたらないのか・・

『版画の時代』と言われたことがあった。この言葉におもうところがあって、ペレーノは版画に打ち込んだ。『鋲と錐 針と鑿 樹脂塵とサウナ』に人生を賭けた。アーティスト・ペレーノの人生はそこからはじまっている。

ときには考え込み、そんなことが数カ月間も続くかとおもうと、猛烈に制作に熱中する。もちろんただがむしゃらにというのではない。なにを創造しようとしているのかについてペレーノはかなり明晰だ。

ひじょうに慎重に・・しかし『ヘソの緒』が切り離されると怒濤のように『いざ出帆!』・・・これがペレーノのやり方なのだろう。

(2003.05.30. 点検)

「こころの昂り(Emozione)」 49 x 39 cm(70 x 50 cm) / 「ひな菊(Omaggio a Pratolini)」 49 x 39 cm(70 x 50 cm)

ペレーノのファイル

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