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チニッティ作品評から

Beatrice Cignitti

マリオ・ディ・カプア(Marco di Capua) 評訳

ジャン・クレールは、渾沌とした絵画世界のなかであらためて「素描」にむきあったときのおもいをこう表現している。「素描は、自身と現実の垣根を取り払ってくれるばかりか、あらたにすっ裸になり、原始的になって、現実に立ち向かう勇気を与えてくれる。」

「写真」が「死」にむきあった芸術だとすると、絵画、彫刻は「生・継続性」に連なっている芸術だということを、チニッティの作品をみていると感じる。人であろうが「もの」であろうが、この世界のなにかの一部分であろうが、チニッティは構わずにグングンと中に入り込んでいく。子供が、ものの本質をなんの苦もなく描いてしまうみたいだ。

「素描」によってものの本質を描き切るというのは容易なことではない。往々にしてあまりにもはっきりと描きすぎたり、一番大切な「もののエネルギー」をとり逃がしてしまう。チニッティは、それをものすごい集中力で完遂する。

まず、実際には存在していないかもしれない「もの」の輪郭を見極める。ラインのもつ「内面的なリズム」を感じ取り、分け隔て、あるものは強調していく。境界線、空間に溶け込んでいく部分、もののもっている優しさ、澄みきった感覚、光と影。チニッティの手の圧力が、確信をもってそれらを表現していく。

ただ、ここはいつも「夜」だ。鉛筆だけで演出されたノクターン。まるで月光に照らし出されたガランとした風景。異様な建物が浮き彫りにされる。光にしても、そう明るくない。そのなかで、影がゆらゆらと輝いている。こんな影を見たら、ルドンはこうつぶやいたかもしれない。「時の流れがセンチメンタルに想い起こされる。」わたしたちが逃げ込んでいくほんの一瞬の空間を、チニッティは取り逃がすことなく忠実に再現する。

ジウフレがチニッティの作品を誉めて、「ものの形は限界にまで浄化され、あらたに創造された世界を見ているようだ。現実に見る " もの " と心で感じる " もの " とが、そこでは解け合っている。」と言っている。では、いったいどうしてカラス瓶や貝や陶器のなかがからっぽなの?さい銭箱?なにかを「待っている」という暗示?それとも「秘密」?なにかのためかは分からないけれど、わざとあけておくの?

えがかれた対象は陰影に抱かれ、そのなかでゆっくりと光を放っている。屈折と反射。すべてが、耳には聞こえない音でこだましあっている。作品に表現された柔和さとともに、それを実現するチニッティの堅固な意志にはおおいに敬意を表する。願わくばさらにいっそう自己を掘り下げ、人間心理の内面に突っ込んでほしい。「いやなヤツ」と思われるくらいにつきつめてほしい。そして、わたしたちにさらなる歓びと美しい色調の、つきはなされた世界を見せてほしい。

グイド・ジュフレ(Guido Giuffre) 評訳

ベアトリーチェの鉛筆は、敬服に値する完璧さを演出する。対象はことごとく必要最低限の要素に還元され、光と影によって形を与えられる。現実に存在する形と、感覚を通して感じとれる形の間のバランスを、作品のうえで見事に操っている。それが、現実を生まれ変わらせる。

作品のなかで光は三々五々にいりみだれ、ときには悲しそうに咽をあけたり、あるときはとてつもない深淵を繰り広げてみせる。そうかとおもうと、まばゆいばかりの光の輝きはぐんぐんと大きくなってきて、ついにはたまりかねたように氾濫し、さいごには爆発して、見ている者の目を眩惑する。そういった光が、貝、卵、りんご、花、ガラスの壷に、生を授けている。

ベアトリーチェは、現実の構成を変えてしまうわけではない。それらは、あるがままにまかせている。 " もの " を動かすことができないからではない。 " もの " とそれを取り囲む光は、微妙にからみあって共存しているからだ。そのどちらか一方をとってしまうということはできない。どちらか一方が欠けてしまっても、お互いに存在しなくなってしまう。お互いに、相手の息を、不安を、感じとり響き合っている。まるでフラミンゴ派の絵にある「鏡」のようだ。

それは、たしかに「現実」なのだが、いまだ未確定な「現実」で、いつか具体的な「現実」になるのを「沈黙」のなかでしんぼう強く待っている。 " もの " のまわりの陰影を、あるときは見せ、あるときは隠し、いまだ未確定な「現実」は、さまざまに姿を変える。

いまだ未確定で不可解な「現実」に、アーティスト・チニッティはあらたな意味と歓びを与え、ひとつの声、ひとつの音として蘇らせる。それは、生きていることのすばらしさ、かけがいのなさを語りかけてくる。

「(Voluta Melo Diadema)」 44 x 61 cm / 「会話(Dialogo)」 64 x 40 cm

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