EKAKINOKI

カポシュッティのハ〜トマ〜ク♪

Giustino Caposiutti

おもしろいな、美しいな、って感じるのは、意図がわらないからです。意図がわかったら、、ナゼそういうことをするのかが読めちゃったら、、、オモシロミ半減。

むか〜しむかし、キャンバスをナイフで裂いて、、「これがオレの作品だ!」って言ったルーチョ・フォンタナってオッサンがいました。なにかしらが描かれているはずのキャンバスがただやぶけてるだけなんですから、意図、どこじゃなくて、、過激〜。

だけどこんなことされたら、もうなにも描けなくなっちゃう。キャンバスのうえに、フォンタナ以上に意図を感じさせないものなんて、描ける?キャンバスになにかを描こうとすることじたい、そもそも諦めちゃうかもしれない・・・

カポシュッティもそんなひとりです。あるときは精神科医にかかって筆を折ろうとしたり(昔はかなり計算された抽象画を描いていました)、、悩んでなやんで〜、そしてある頃から、、

「もうこれ以上になにもできないとおもえばなにもできないかもしれないけれど、もし、なにかできるよとおもえばなにかはできる。」、、な〜んて考えたかどうかは知りませんが、究極の絵画(=フォンタナのやぶれたキャンバス)から出発したカポシュッティ作品の重要性のひとつは、このポジティヴさそのものにあるのではないかとかも、おもいます。

それからカポチュッティは、フォンタナはやぶいただけのキャンバスの、糸を一本一本ほぐしてアートをしはじめました。あはは。。。さいしょはキャンバス布だったのが、そのうち身のまわりにある生地とか、たとえばジーンズみたいな、そんな生地を手にいれて、やはりいっぽんいっぽん。

(2004.03.30.)

カポシュッティのファイル

■ やぶれたキャンバスの次にありうるアート
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