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カラヴァッジョがローマに出てくるまで

Caravaggio(Michelangelo Merisi) 1571-1610

ほんとかどうか知らないが、カラヴァッジョ家には、紋章も封土もあったという。

(ふつうのイタリア人は家紋なんてないの。)

封土は、ベルガモ、クレモナ、ブレーシャのあいだあたりにあったらしい。

もしかして、スフォルツァ家につながる貴族の系譜?

カラヴァッジョは個人的にもスフォルツァ家の庇護を受けていたし、家系には教皇に近い聖職者もいた。まんざらじゃないでしょ?

カラヴァッジョの母親は、建築家だった父親の2度目の結婚相手だった。カラヴァッジョには、連れ子の異母姉妹2人がいた。父親はカラヴァッジョが6歳のときに他界する(1577年)。

カラヴァッジョは17才まで、ミラノのペデルツァーノという画家のところで見習いをしていた。

1590年、母親が他界。カラヴァッジョは、土地を売り払うと、聖職者の叔父を頼って一途ローマに向かう。1592年、カラヴァッジョ21才のときのことだ。

カラヴァッジョは、当時ローマ随一といわれたアルピーノ工房にはいった。取り巻きはカラヴァッジョに輪をかけて血気盛んな連中だった。さあはじまるぞ、人生が!

そういう時代、だったのかもしれない。ホモな関係もあったのだろうが、そこから精神的な高揚・刺激も受けていたということも忘れてはならない。そして、人脈は教皇庁へとつらなっていく。

(2002.02.10)(2002.08.21. 点検)(2003.07.31. THAIS.ITのリンク追加)(2008.04.05. やっつけ)

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